前回は、ISO 45001が正式な改訂プロジェクトとして進行しており、2026年8月27日時点では次期版のISO/DIS 45001が開発中であることをご紹介しました。
では、次期ISO 45001では何が変わるのでしょうか。
ここで最も注意したいのは、ISO/DIS 45001はまだ国際規格案(Draft International Standard)であり、最終的な要求事項が確定した段階ではないということです。ISOの公式カタログでも、2026年8月27日時点のISO/DIS 45001はStage 40.20として掲載されています。
そのため本記事では、DISの内容を「確定した変更点」として解説するのではなく、ISO/TC 283が公式に公開している情報から、改訂作業で議論されている方向性や、今後注目すべきテーマを整理します。
「確定した変更点」と「検討中のテーマ」を区別して考える
ISO 45001の改訂は、ISO/TC 283/WG 6「Revision of ISO 45001」が担当しています。ISO/TC 283は、WG 6が2024年にISO 45001:2018の改訂作業を開始したことを公表しており、現在もWG 6が改訂を担当する作業グループとして登録されています。
一方、ISO/TC 283のTask Group 4(TG 4)がまとめた「Emerging Themes in OHS Management」では、将来の労働安全衛生(OH&S)マネジメントに影響するテーマとして、労働者の多様性、新技術、サプライチェーン、気候変動など15のテーマが検討されています。
ISO/TC 283は、将来ISO 45001や関連文書を改訂する担当者が、こうした新たなテーマを認識する必要があるとしており、TG 4による検討はWG 6の議論へのインプットとしても活用されています。2024年のISO/TC 283活動報告でも、TG 4のEmerging Themesに関する作業がWG 6の議論に重要なインプットを提供したことが明記されています。
ただし、「Emerging Themes in OHS Management」自体も、検討内容は発展途上であり変更される可能性があるとしています。
したがって、以下で紹介するテーマについても、「次期ISO 45001への採用が決定した要求事項」ではなく、「ISO/TC 283が改訂に関連して検討している重要テーマ」として理解することが重要です。
注目点1 「労働者の多様性」をより具体的に考慮する方向
現時点でISO/TC 283が改訂との関係を比較的具体的に説明しているテーマの一つが、Workforce Diversity(労働者の多様性)です。
2026年1月、ISO/TC 283/WG 6のコンビナーであるTroy Winters氏は、次期ISO 45001の開発で議論されているテーマを紹介する記事の第1回として、多様性を取り上げました。同記事では、検討中の具体的な規格文言は変更される可能性があるため示さないとしたうえで、多様性に関する考慮を、より具体的にする方向性を説明しています。
例えば、年齢、性別、障害、言語などの違いによって、同じ作業であっても危険源へのばく露、情報の理解、保護具の適合性、緊急時の対応などに違いが生じる可能性があります。
TG 4の「Emerging Themes in OHS Management」でも、年齢、性別、民族、文化、国籍、言語、リテラシーなどを労働者の多様性に関係する要素として挙げています。また、ISO 45001に対する提案として、年齢、性別・ジェンダー、人種、ニューロダイバーシティなど、労働者の多様性を具体的に捉えるための表現や、労働者の多様性に関連する脆弱性を危険源・リスクの特定で考慮することが示されています。
これは単に「多様性を尊重する」という人事施策の問題ではありません。
重要なのは、労働者の身体的・認知的特性、言語や情報理解の違いなどによって、危険源へのばく露や管理策の有効性が異なる可能性を、OH&Sマネジメントの中でより具体的に考えるという点です。
ただし、どの要素が最終的なISO 45001の要求事項として、どのような文言で盛り込まれるかは現時点では確定していません。
注目点2 AIなど「新しい技術」のリスクと機会
もう一つ注目したいのが、Emerging Technologies(新しい技術)です。
TG 4は、急速に進歩する技術について、新しい機会だけでなく、それに伴うOH&Sリスクが見落とされる可能性にも注意を促しています。
「Emerging Themes in OHS Management」では、AI(人工知能)や付加製造なども例として取り上げられており、新技術が組織の状況、リスクマネジメント、プロセス設計、業務運用、改善などに影響するとしています。
さらにISO 45001に関するTG 4の提案では、新技術の導入に伴う「機会とリスク」の双方について、組織の状況、リーダーシップ、働く人の協議・参加、計画、変更の管理、評価などで検討することが挙げられています。
例えば、AIや自動化によって危険作業を人から切り離せる可能性がある一方、新しい作業方法、技能要求、ヒューマン・マシン・インターフェース、心理社会的リスクなど、新たな課題が生じることも考えられます。
ここでも重要なのは、「次期ISO 45001にAIに関する新しい要求事項が入ることが確定した」という意味ではないことです。
ISO/TC 283が、新技術をOH&Sマネジメントから切り離せないテーマとして捉え、そのリスクと機会をどのように規格体系へ反映するか検討している、と理解するのが適切です。
注目点3 サプライチェーンにおけるOH&S
サプライチェーンも、ISO/TC 283がEmerging Themesとして取り上げている重要なテーマです。
TG 4の資料では、組織が自社の直接雇用者だけでなく、サプライチェーン全体の労働安全衛生について、自らが何を管理または影響できるかを考える重要性が論じられています。
さらにISO 45001に関する提案として、管理または影響が可能な範囲において、サプライチェーン全体の働く人を考慮する方向について検討することが示されています。
製造業の場合、これは将来的に、調達、外注、請負、物流、委託先管理などとOH&Sマネジメントとの関係がこれまで以上に注目される可能性があることを示唆しています。
ただし、これもTG 4による検討・提案段階の内容です。次期ISO 45001で適用範囲が具体的にどのように変更されるか、あるいは変更されるかどうかについて、現時点で確定事項として扱うことはできません。
注目点4 変化する働き方と心理社会的リスク
ISO/TC 283では、従来型の物理的危険源だけでは十分に捉えられない労働安全衛生上の課題についても、関連規格の整備を進めています。
その代表例がISO 45003:2021「Occupational health and safety management — Psychological health and safety at work — Guidelines for managing psychosocial risks」です。
ISO 45003は、ISO 45001に基づくOH&Sマネジメントシステムの中で心理社会的リスクを管理するためのガイダンスを提供する国際規格で、2021年に発行されています。
また、リモートワークについては、2026年8月27日時点でISO/DIS 45008「Occupational health and safety management — Guidelines for remote working」が開発されています。ISO公式ページではStage 40.60「Close of voting」であり、まだ正式発行済みの国際規格ではありません。
したがって、元原稿の「ISO 45008はリモートワークを対象としている」という表現は、「ISO/DIS 45008としてリモートワークに関するガイダンスが開発中」とする方が、2026年8月時点では正確です。
ISO 45003やISO/DIS 45008の内容が、そのまま次期ISO 45001の要求事項になるという意味ではありません。
一方、ISO/TC 283の規格ポートフォリオ全体を見ると、心理社会的リスク、リモートワーク、感染症、気候変動など、働く環境の変化を含めてOH&Sを捉える方向に対象領域が広がっていることは確認できます。
注目点5 気候変動は「次期ISO 45001を待って対応する事項」ではない
気候変動については、特に整理して考える必要があります。
ISO 45001:2018には、既にISO 45001:2018/Amd 1:2024「Climate action changes」が適用されています。この追補は2024年2月に正式発行されており、ISO公式ページでもISO 45001:2018に適用される現行のAmendmentとして掲載されています。
また、ISO/TC 283のEmerging Themes資料では、気候変動による極端な気象、作業環境の変化、エネルギー転換、新しい作業方法などがOH&Sに影響する可能性を整理しています。
さらに2026年1月には、ISO/PAS 45007:2026「Occupational health and safety management — Risks arising from climate change and climate change action — Guidance for organizations」が発行されました。
ISO/PAS 45007:2026は、気候変動そのものだけでなく、気候変動への適応策や緩和策から生じるOH&Sリスクと機会についても、組織が体系的に検討するためのガイダンスです。
そのため、猛暑、異常気象、作業方法の変化、インフラ改修、脱炭素化に伴う新しい技術や業務などが自社のOH&Sに関連する場合、「次期ISO 45001が発行されてから検討する」というテーマではありません。
現行のISO 45001と、自社に適用される法令・その他の要求事項の中で、既に検討すべき課題です。
日本企業では、国内の労働安全衛生法令にも注意
日本企業にとっては、ISO規格の改訂情報だけでなく、国内の労働安全衛生法令を継続して確認することも重要です。
例えば厚生労働省は、職場における熱中症による労働災害の増加などを背景に労働安全衛生規則を改正し、2025年6月1日から職場における熱中症対策を強化しています。厚生労働省の通知では、近年の気候変動の影響の下で熱中症による労働災害が増加傾向にあることも改正の背景として示されています。
また、リモートワークについても、厚生労働省の「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」は、自宅等でテレワークを実施する場合でも、事業者が関係法令に基づいて労働者の安全と健康を確保するための措置を講じる必要があるとしています。
つまり、新しい働き方や気候変動に関連するOH&S課題への対応は、ISO 45001の改訂だけを見て判断するものではありません。
ISO規格と国内法令をそれぞれ確認し、自社に適用される要求事項を明確にすることが重要です。
もう一つの注目テーマ リーダーシップと組織文化
ISO/TC 283のEmerging Themesでは、Leadership and Culture(リーダーシップと組織文化)も検討テーマとして挙げられています。
同資料では、ISO 45001の現行要求事項に含まれる「OH&Sマネジメントシステムの意図した成果を支援する文化」について、その内容が十分に定義されているかを見直し、リーダーシップ要求事項について検討することを提案しています。
関連する動きとして、ISO/TC 283ではISO/AWI 45009「Occupational health and safety management — Leadership and governance in an occupational health and safety management system — Top management guidance」の開発も進められています。
2026年8月末時点でISO/AWI 45009はStage 20.00であり、開発初期段階です。
ISO 45009の内容がそのまま次期ISO 45001に取り込まれるという意味ではありませんが、ISO/TC 283がOH&Sにおけるトップマネジメント、リーダーシップ、組織文化を引き続き重要なテーマとして扱っていることを示す動きとして注目できます。
今の段階で企業が行うべきこと
現時点で必要なのは、ISO/DIS 45001を確定版として扱い、自社の規程や手順を先行して全面改訂することではありません。
まず確認したいのは、自社の現在のOH&Sマネジメントシステムが、事業や働く環境の変化を適切に捉えられているかという点です。
例えば、次のような観点は、将来のISO 45001改訂への備えというだけでなく、現行のOH&Sマネジメントシステムの有効性を確認するうえでも重要です。
これらを現行のISO 45001:2018に基づく仕組みの中で確認しつつ、次期ISO 45001の正式な内容が確定した段階でギャップ分析を実施できるよう準備しておくことが現実的です。
Nemko Japanからお伝えしたいこと
2026年8月末時点では、次期ISO 45001はDIS段階にあり、最終的な要求事項はまだ確定していません。
一方、ISO/TC 283が公開している情報からは、労働者の多様性、新しい技術、サプライチェーン、心理社会的リスクやリモートワーク、気候変動、リーダーシップと組織文化などが、今後のOH&Sマネジメントを考えるうえで重要なテーマとなっていることが確認できます。
重要なのは、これらを「次期ISO 45001で既に決定した新要求事項」と混同しないことです。
現段階では、現行のISO 45001:2018およびISO 45001:2018/Amd 1:2024への適合を維持しながら、自社を取り巻く労働環境の変化を適切に捉え、ISO公式情報を継続して確認していくことが重要です。
Nemko Japanでは、認証機関として今後もISOおよび関連する公的機関の情報を確認し、次期ISO 45001の正式な変更内容や移行に関する情報が明らかになった際には、正確な情報をお伝えしていきます。
次回は、多くの統合マネジメントシステム運用企業が直面する「ISO 9001、ISO 14001、ISO 45001の改訂時期のズレにどう対応すべきか」について整理します。
ISO 45001認証、ISO 9001/ ISO 14001との統合審査、改訂規格解説セミナーなどのお問い合わせは、japan@nemko.comまでご連絡ください。