ISO 9001:2015では、「リスクに基づく考え方」が品質マネジメントシステム(QMS)の重要な考え方として導入されました。
一方、実際の運用では、「リスク及び機会」を一つの項目として扱い、リスクへの対応は具体化されていても、「機会」が十分に検討されていない場合があり、ISO 9001:2026では、この点がより明確になりました。
箇条6.1「リスク及び機会への取組み」は、6.1.1「リスク及び機会の決定」、6.1.2「リスクへの取組み」、6.1.3「機会への取組み」という構成に整理されています。
ここで重要なのは、単に箇条番号が増えたことではありません。
リスクと機会をそれぞれの性質に応じて考え、分析・評価し、必要な取組みをQMSのプロセスへ組み込み、その有効性まで確認する流れが明確になった点にあります。
今回は、ISO 9001:2026の箇条6.1を中心に、2015年版からどのように考え方が整理されたのかを見ていきます。
1.リスクと機会の出発点は「組織の状況」と「利害関係者」
箇条6.1.1では、QMSを計画するとき、箇条4.1で明確にした外部及び内部の課題と、箇条4.2で明確にした利害関係者の要求事項を考慮して、取り組む必要があるリスク及び機会を決定することが求められています。
つまり、リスクと機会を考える出発点は、独立した「リスク管理表」ではありません。
組織を取り巻く状況や、顧客をはじめとする密接に関連する利害関係者の要求事項が変化したとき、それがQMSの意図した結果にどのような影響を与える可能性があるかを考えるところから始まります。
箇条6.1.1では、リスク及び機会への取組みを通じて、QMSが意図した結果を達成できるという確信を与えること、望ましくない影響を防止又は低減すること、継続的改善を達成すること、望ましい影響を向上させることが示されています。
この構造を見ると、箇条4と箇条6は別々に存在するものではありません。
箇条4で把握した状況や要求事項を、箇条6で具体的な計画へつなげる関係にあります。
したがって、外部・内部の課題や利害関係者を定期的に確認していても、その結果がリスクや機会の検討に反映されていなければ、QMS全体のつながりが見えにくくなります。
2.リスクは「決定する」だけではなく「分析し、評価する」
ISO 9001:2026の箇条6.1.2では、組織は、適合する製品及びサービスを継続的かつ一貫して提供し、顧客満足を向上させる能力に望ましくない影響を与え得るリスクを、決定し、分析し、評価することが求められています。
ここで注目したいのが、「分析」と「評価」です。
リスクを一覧に記載するだけで終わるのではなく、そのリスクがQMSにどのような影響を与える可能性があるのかを考え、どの程度の取組みが必要なのかを判断する流れがより明確になっています。
ただし、規格が特定のリスク評価手法や点数方式を要求しているわけではありません。
発生可能性と影響度を数値化する方法が適している組織もあれば、事業内容やプロセスの特性に応じて別の方法を用いる場合もあります。
重要なのは、採用した評価方法そのものではなく、QMSの意図した結果に対する影響を踏まえて、必要な取組みを合理的に決定できることです。
また、実施する取組みは、リスクがQMSの意図した結果へ与える潜在的な影響に見合ったものであることが求められています。
すべてのリスクに同じ強さの管理を行うのではなく、影響の大きさに応じて重点を置くという考え方です。
3.リスクへの取組みはQMSのプロセスに組み込む
箇条6.1.2では、リスクを分析・評価した後、そのリスクへの取組みを計画し、QMSのプロセスへ統合して実施すること、さらに取組みの有効性を評価することが求められています。
ここは、ISO 9001:2026を実務へつなげるうえで重要なポイントです。
リスクへの対応を「リスク管理担当者だけが管理する一覧表」の中で完結させるのではなく、実際の業務プロセスにつなげる必要があります。
供給の不安定化が製品・サービスの適合に影響する場合には、購買や外部提供者管理との関係があります。
必要な力量を持つ要員の不足が問題となる場合には、資源、力量、組織の知識などとの関係があります。
設備や情報システムの停止が影響する場合には、インフラストラクチャ、運用管理、変更の計画などとの関係があります。
このように、リスクへの取組みは箇条6.1だけで完結するものではありません。
リスクをどの業務プロセスで扱い、誰がどのように対応するのかまでつなげることで、QMSの中で実際に機能する取組みになります。
そして、その取組みを実施した後には、「実施したか」だけでなく、「意図した効果が得られたか」という有効性を見る必要があります。
4.事業の中断も品質リスクとして捉える
ISO 9001:2026では、箇条6.1.2の注記として、中断の発生中及び発生後に、適合する製品及びサービスを提供する能力に関するリスクを含めることができることが示されています。
これは、QMSにおけるリスクを考えるうえで重要な視点です。
品質リスクというと、不良品や作業ミスなど、製品や工程に直接関係する問題を想定しやすくなります。
しかし、品質を安定して提供する能力は、供給者、設備、ITシステム、要員、物流など、さまざまな要素に依存する場合があります。
したがって、それらの中断によって適合する製品・サービスを継続して提供できなくなる可能性が、自社のQMSにとって重要なリスクとなる場合があります。
ただし、これはISO 9001認証組織に対して、別の事業継続マネジメントシステムを一律に導入することを要求するものではありません。
自社のQMSの意図した結果に影響する中断リスクがある場合に、それを現在のリスクの考え方の中で適切に扱うという整理が重要です。
5.「機会」はリスクの反対ではない
ISO 9001:2026で特に整理されたのが、箇条6.1.3「機会への取組み」です。
組織は、適合する製品及びサービスを継続的かつ一貫して提供し、顧客満足を向上させる能力に望ましい影響を与え得る機会を決定し、分析し、評価することが求められています。
附属書Aでは、品質マネジメントにおけるリスクと機会は別個のものであり、それぞれを別のプロセスで決定し、取り組むこともできると説明されています。
つまり、「リスクがなくなった状態=機会」と考える必要はありません。
リスクは、QMSの意図した結果に望ましくない影響を与える不確かさを中心に考えます。
一方、機会は、QMSのパフォーマンスに有益な影響をもたらすことが可能になる状況として考えることができます。
機会への取組みには、新しい慣行、新しい製品・サービス、新たなパートナーシップ、新興技術の活用、顧客やその他の利害関係者の変化するニーズへの対応などが含まれ得ることが、規格の注記で示されています。
ただし、こうした項目を機械的に「機会一覧」に追加すればよいということではありません。
自社にとって望ましい結果とは何か、その機会が製品・サービスの適合や顧客満足、QMSのパフォーマンスにどのような効果をもたらす可能性があるのかを考える必要があります。
6.機会も「見つける」だけではなく有効性まで見る
機会についても、決定、分析、評価して終わりではありません。
ISO 9001:2026では、機会への取組みを計画し、それをQMSのプロセスへ統合して実施し、取組みの有効性を評価することが求められています。
さらに、その取組みは組織の状況に対して適切であり、望ましい結果の達成を支援するものである必要があります。この点は、機会を実務で扱う際に重要です。
「新しい技術を導入する」「新しい市場を検討する」と記載するだけでは、その機会がQMSの中でどのように扱われるのかは分かりません。
必要に応じて品質目標、プロセス改善、資源配分、力量、変更の計画などへつなげ、実際にどのような結果が得られたかを確認することで、機会への取組みがQMSの一部になります。
また、すべての機会を必ず実行する必要があるという意味でもありません。
組織の状況や資源、期待される効果を踏まえて、どの機会に取り組むかを判断することになります。
7.「リスクと機会の一覧表」を作ることが目的ではない
ISO 9001:2026への対応を考えるとき、「リスクと機会を管理する新しい様式が必要なのか」という疑問が生じる場合があります。
しかし、箇条6.1の目的は、特定の形式の一覧表を作成することではありません。
重要なのは、組織の状況及び利害関係者の要求事項から、QMSに影響するリスクと機会を考え、それぞれを分析・評価し、必要な取組みへつなげ、その結果を確認できることです。
既存の事業計画、品質目標、プロセス管理、供給者管理、改善活動などの中ですでにリスクや機会を扱っている場合には、その仕組みを活用することもできます。
一方、リスクと機会が一覧に記載されていても、何年も内容が変わらず、実際の事業環境やプロセスの変化と結び付いていない場合には、箇条4.1、4.2との関係を改めて確認する余地があります。
ISO 9001:2026で見るべきなのは、文書の形式ではなく、「何をリスク又は機会と判断したのか」「なぜそれに取り組む必要があるのか」「どのプロセスで取り組んでいるのか」「その取組みは有効だったのか」という一連のつながりです。
まとめ
ISO 9001:2026では、箇条6.1が、6.1.1「リスク及び機会の決定」、6.1.2「リスクへの取組み」、6.1.3「機会への取組み」に整理されました。
今回の変更で重要なのは、リスクと機会を単に「洗い出す」ことではありません。
組織の状況及び利害関係者の要求事項を起点として、リスクと機会を決定し、分析・評価し、必要な取組みをQMSのプロセスへ組み込み、その有効性を確認するという流れが明確になっています。
また、リスクと機会は別個のものであり、必ず同じ方法で管理する必要はありません。
リスクについては、製品・サービスの適合や顧客満足に望ましくない影響を与える可能性を適切に扱い、機会については、望ましい結果につながる可能性を組織の状況に応じて活用していくことが重要です。
ISO 9001:2026への対応では、新しい「リスク・機会管理表」を作るところから始めるのではなく、現在のQMSの中で、リスクと機会が実際の意思決定や業務プロセスにつながっているかを確認することが出発点になります。
次回は、箇条6.3「変更の計画」を取り上げます。2015年版から存在する要求事項が2026年版でどのように具体化され、変更前の計画から変更後の有効性確認までどのようにつながるのかを詳しく見ていきます。