ISO 9001は、世界で広く利用されている品質マネジメントシステム(QMS)の国際規格です。製造業、建設業、サービス業、医療、教育、行政など、さまざまな業種・業態で活用されています。
現行版のISO 9001:2015が発行されてから約10年が経過し、国際標準化機構(ISO)では改訂作業が進められてきました。 ISO/DIS 9001の投票は、2025年8月27日から11月19日まで実施されました。ISO/FDIS 9001:2026は2026年5月14日に発行され、同年5月から7月まで実施されたFDIS投票で承認されました。ISOは、改訂版を2026年9月に発行する予定です。
「DISからFDISでは何が変わったのか」、「認証取得組織は何を準備すればよいのか」といった疑問を持たれている方も多いのではないでしょうか。
本シリーズでは、2026年7月22日時点の公開情報およびISO/FDIS 9001:2026に基づき、改訂の背景、主要な変更点および認証取得組織が留意すべき事項を解説します。 第1回では、改訂の全体像とDISからFDISへの進展を取り上げます。
【注記】ISO/FDIS 9001:2026は最終国際規格案です。FDIS投票は承認されていますが、正式な国際規格(IS)は未発行であり、認証移行の具体的な期間および手順も、現時点では正式に公表されていません。
- なぜISO 9001は改訂されるのか
- DISからFDISまでの規格開発プロセス
- DISからFDISで「大改訂」はあったのか
- 今回特に注目すべき5つの改訂テーマ
- 認証取得組織への影響はあるのか
ISO規格は、最新性および国際的な妥当性を維持するため、通常、5年ごとに定期見直しが行われます。その結果、現行版を維持する場合もあれば、改訂または廃止が決定される場合もあります。
ISO 9001:2015の発行以降、この10年間で企業を取り巻く環境は大きく変化しました。
例えば、2015年版の発行以降、品質マネジメントに関連する事業環境の変化として、次の事項が挙げられます。
- DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展
- AIの業務利用の拡大
- サプライチェーンの複雑化
- リモートワークの普及
- 地政学的リスクの増加
- 気候変動への対応
- ESGやサステナビリティへの関心の高まり
- コンプライアンスや企業倫理への社会的要求の高まり
今回の改訂でも、ISO 9001の基本的な考え方である「プロセスアプローチ」、「PDCAサイクル」および「リスクに基づく考え方」は維持されています。 また、ISO/TC 176/SC 2は、改訂の目的を、現在および将来のニーズへの対応並びに利用者による理解および適用の促進としています。
したがって、今回の改訂はQMSの基本構造を全面的に作り替えるものではなく、現在の事業環境に合わせて要求事項を明確化し、適用しやすくする改訂と整理できます。
ISO規格は、通常、次の段階を経て発行されます。 ただし、案件によって一部の段階が省略される場合があります。
- NP(新業務項目提案)
- WD(Working Draft:作業原案)
- CD(Committee Draft:委員会原案)
- DIS(Draft International Standard:国際規格案)
- FDIS(Final Draft International Standard:最終国際規格案)
- IS(International Standard:正式な国際規格)
DISは、各国の標準化機関が内容を審議し、コメントを提出するための案です。
FDISは、DISに対して提出されたコメントを踏まえて作成される最終案であり、ISOメンバーによる承認投票に付されます。 FDIS段階では、ISOメンバーによる最終的な賛否投票が行われます。反対票には技術的理由が付される場合がありますが、FDISは、国際規格としての発行前に行われる最終承認段階の文書です。
FDISが承認された後は、必要な編集上の処理を経て国際規格(IS)が発行されるため、FDISは正式発行版に極めて近い文書です。
ただし、FDISは正式な国際規格ではありません。 認証取得組織がFDISに基づいてISO 9001:2026への正式な認証移行を完了することや、認証機関がFDISを正式な認証基準としてISO 9001:2026の認証書を発行することはできません。
公開されている情報およびDISとFDISの比較結果の範囲では、改訂の基本的な方向性を変更するような全面的な見直しは確認されていません。
FDISでは、DISで示された主要テーマを維持しつつ、各国からのコメントを踏まえ、主として次のような調整が行われています。
- 表現の明確化
- 用語の整理
- 他のISOマネジメントシステム規格との整合性向上
- 解釈のばらつきを減らすための修正
ISO 9001は世界各地の組織で利用されているため、要求事項が一貫して理解され、適用されるよう、用語および文章を明確にすることが重要です。
ただし、文章の明確化であっても、要求事項の対象または意図が変わる場合があります。正式版発行後には、2015年版との逐条比較に基づく確認が必要です。
したがって、FDISは単に「表現だけを修正した版」と捉えるのではなく、主要な追加事項と解釈の明確化の双方を確認する必要があります。
① Harmonized Structure(HS)の改訂点の反映
ISOマネジメントシステム規格は、ISO/IEC Directivesに定められたHarmonized Structure(HS:調和構造)を基礎として作成されています。 なお、2026年版のISO/IEC Directives, Part 1では、マネジメントシステム規格に関する規定は附属書Qに収載されています。
ISO/FDIS 9001:2026には、改訂されたHSの構造、共通用語および共通テキストが反映されています。 3章への共通用語の追加や、文書化した情報に関する表現の整理も、この整合化の一部です。
これにより、ISO 14001、ISO 45001、ISO/IEC 42001など、他のマネジメントシステム規格と統合して運用する場合に、共通要求事項を整理しやすくなることが期待されます。
ただし、各規格固有の目的および要求事項は異なるため、統合運用によって個別規格の要求事項が省略できるわけではありません。
② 品質文化(Quality Culture)への注目
今回の改訂で明示的に追加される主要テーマの一つが、「品質文化(Quality Culture)」の促進です。
品質は、手順書や規程の整備だけによって確保されるものではありません。組織で働く人々が品質を重視し、その価値観が日常の業務、意思決定および行動に反映されていることが重要です。
トップマネジメントには、リーダーシップおよびコミットメントの一環として、品質文化を促進することが求められます。
品質文化のための特定の手順書または様式が一律に要求されるわけではありません。例えば、次のような状態が組織内で実現しているかを確認することが考えられます。
- 品質目標が現場で理解されているか
- 改善活動が定着しているか
- 品質に関するコミュニケーションが機能しているか
③ 倫理的行動(Ethical Behaviour)の明確化
品質マネジメントは、製品・サービスの適合を確保する活動だけに限定されるものではありません。
近年では、以下のような事例が企業の信頼を大きく損なう社会問題になっています。
- データ改ざん
- 検査記録の不正
- 法令違反
- 虚偽報告
今回の改訂では、トップマネジメントが倫理的行動を促進すること、および組織の管理下で働く人々が倫理的行動を認識することが、要求事項として明確化されます。
ただし、規格が特定の倫理規程またはコンプライアンス制度を一律に要求するわけではありません。組織は、自らの状況、製品・サービスおよび適用される要求事項に応じて、適切な方法を決定する必要があります。
④ 変更の計画への変更マネジメント概念の反映
企業を取り巻く環境は日々変化しており、組織は以下のような変更に対応しています。
- 新しい設備の導入
- 新しいITシステムの導入
- AIの活用
- 外部委託先の変更
- 人員配置の変更
今回の改訂では、QMSの変更を計画する際の考慮事項に、変更マネジメントの概念が反映されています。
重要なのは、変更そのものを避けることではなく、変更の目的、影響、必要な資源、責任およびQMSの完全性を事前に検討し、計画的に管理することです。
⑤ リスクと機会の整理および事業中断への対応
ISO 9001:2015では、「リスクおよび機会」という表現が用いられてきました。
FDISでは、リスクへの取組みと機会への取組みが区分して整理され、それぞれの性質に応じて計画することがより明確になります。
また、事業中断によってQMSの意図した結果が達成できなくなる可能性への対応が強化されます。
対象となり得る事象には、災害、重要設備またはITシステムの停止、供給途絶、重要要員の不在などがあります。ただし、ISO 22301に基づく事業継続マネジメントシステムの導入を一律に要求するものではありません。
FDISの内容は、既存のQMSを直ちに全面再構築することを求めるものではありません。 ただし、正式版発行後には、改訂要求事項と現行QMSとの差分を組織ごとに確認する必要があります。
現時点では、少なくとも次の事項について、現在の運用状況を整理しておくことが有効です。
- 品質文化
- リーダーシップ
- 倫理的行動
- 変更管理
- リスク、機会および事業中断への対応
認証審査では、文書化した情報だけでなく、インタビュー、観察および記録などの客観的証拠を通じて、要求事項への適合性およびQMSの有効性を確認します。 規格が特定の文書、様式または運用方法を要求していない場合、認証機関は、組織に対して特定の実施方法を一律に要求するものではありません。
まとめ
ISO/FDIS 9001:2026は、ISO 9001:2015の基本的な枠組みを維持しながら、HSとの整合化、品質文化および倫理的行動、リスクと機会の整理、事業中断への対応並びに変更マネジメントなどを明確化した最終国際規格案です。
DISからFDISへの進展では、主要な改訂テーマは維持され、各国から提出されたコメントへの対応を通じて、用語および要求事項の表現が調整されています。
認証取得組織にとって重要なのは、FDIS段階で文書を先行改訂することではなく、正式版発行後に、最終的な要求事項と移行ルールを確認した上で計画的に対応することです。
認証審査では、公平性を確保した上で、客観的証拠に基づき、規格要求事項への適合性およびQMSの有効性を確認します。
移行期間、移行審査の実施方法および認証書の取扱いについては、Global Accreditation Cooperation Incorporated(2026年1月1日にIAFおよびILACの業務を統合して本格運用を開始)、認定機関および認証機関から今後公表される正式情報をご確認ください。
ISO 9001認証、ISO 9001: 2026規格に関するご不明点や効果的なマネジメントシステムの認証に関するお問い合わせは、MS認証部 (japan@nemko.com)までご連絡ください。