前回(第2回)では、ISO 45001改訂に向けて検討されている主な変更テーマについて、Committee Draft(ISO/CD)段階の情報を基に整理しました。
本稿ではそれらの検討内容を踏まえ、ISO 45001改訂が労働安全衛生マネジメントシステム(OH&SMS)の運用にどのような影響を与える可能性があるかについて、現時点で整理可能な範囲で解説します。
なお、本稿の内容は、改訂版の要求事項が最終確定する前段階の整理であり、今後の規格開発や公式ガイダンスにより内容が変更される可能性がある点にご留意ください。
1.改訂の全体的な影響の位置付け
ISO 45001改訂は、現行規格の基本構造やマネジメントシステムの枠組みを大きく変更するものではなく、既存要求事項の適用範囲および実効性を明確化・拡張する方向で検討が進められています。
そのため、改訂による影響は、
- 新たな管理手法や制度の導入
- 既存の仕組みが、現在の労働環境やリスクに対して有効に機能しているか
ではなく、
という点に焦点が移る可能性が高いと整理できます。
2.「組織の状況」とOH&Sリスクの関係性の強化
現行ISO 45001でも、「組織の状況(4章)」はマネジメントシステムの基盤として位置付けられていますが、実務上は形式的な整理にとどまるケースも見受けられます。
改訂検討では、
- 社会的環境の変化
- 労働形態の多様化
- 気候変動や事業環境の不確実性
といった要素を、OH&Sリスクとより直接的に結び付けて検討しているかが重視される方向性が示されています。
これにより、組織においては、
- 外部・内部課題とリスクアセスメントとの関連性
- 組織の意思決定と安全衛生管理とのつながり
をより明確に説明できることが求められる可能性があります。
3.心理的健康・ウェルビーイングに関する影響
ISO 45001改訂では、心理的健康・ウェルビーイングが検討テーマとして明確に挙げられていますが、これは新たな個別施策の導入を一律に義務付けるものではないと整理することが重要です。
運用上の影響として想定されるのは、
- 職場のストレス要因
- 業務量、労働時間
- 職場環境や人間関係
といった要素を、既存のリスクアセスメントや相談・報告の仕組みの中でどのように把握しているかが問われる可能性です。
すでに以下のような取り組みを実施している組織では、それらをOH&SMSの枠組みの中で説明できることが重要になります。
- 衛生委員会での議論
- ストレスチェックや相談体制
- 管理職教育や内部通報制度
4.新しい働き方への対応の影響
リモートワークやハイブリッドワークの普及により、従来の職場中心の安全衛生管理だけでは把握しにくいリスクが増加しています。
改訂検討では、
- 在宅勤務時の作業環境
- 情報機器の使用に伴う健康影響
- 孤立・コミュニケーション不足
といった点を、安全衛生上のリスクとしてどのように認識しているかが論点となっています。
ただし、これは組織が私生活領域まで管理することを求めるものではなく、自社が採用している働き方に応じて、合理的な範囲で配慮・周知を行っているかという観点で整理されると考えられます。
5.サプライチェーンおよび外部委託に関する影響
ISO 45001:2018でも、請負業者や外部提供者に関する管理は求められていますが、改訂ではこの点がより明確に整理される可能性があります。
運用上の影響としては、
- 請負業者・協力会社に対する安全衛生ルールの共有
- 入構時教育や作業手順の周知
- 事故・ヒヤリハット情報の共有
といった取り組みが、組織の影響力の及ぶ範囲で実施されているかがより重視される可能性があります。
ここでも、新たな厳格管理の導入ではなく、既存の仕組みをどのように整理し、説明できるかが重要となります。
6.トップマネジメントの関与に関する影響
ISO 45001改訂では、「トップマネジメントの関与」が引き続き重要な要素として位置付けられています。
運用上の影響として想定されるのは、
- 安全衛生方針が単なる文書にとどまっていないか
- マネジメントレビューにおいてOH&SMSがどの程度議論されているか
- 資源配分や優先順位づけに安全衛生の視点が反映されているか
といった点です。
特に、心理的健康や新しい働き方といったテーマは、トップマネジメントが関与しないと改善が進みにくい領域であるため、形式的な関与から実質的な関与への転換が求められる可能性があります。
7.パフォーマンス評価・内部監査への影響
改訂では、労働安全衛生パフォーマンスの評価についても、単なる結果指標(災害件数等)にとどまらない整理が検討されています。
そのため、以下のような点が、より重要となる可能性があります。
- リスク是正の進捗管理
- 教育・訓練の実施状況
- 相談・報告件数や傾向分析
内部監査においても、「規格に書いてあるから実施している」ではなく、実際に改善につながっているかという観点での確認が重視される方向性と考えられます。
8.組織にとっての影響の整理
現時点の情報を踏まえると、ISO 45001改訂が組織に与える影響は以下のように整理できます。
(1)大規模な再構築は不要な可能性が高い
基本構造は維持されるため、OH&SMS全体を作り直す必要性は低いと考えられます。
(2)運用の実態説明が重要
既存の活動や仕組みを、改訂の方向性に沿って整理し、説明できることが重要となります。
(3)経営・人事領域との連携がより重要
心理的健康や働き方に関する論点は、人事・経営判断と密接に関係します。
9.現時点での対応の考え方
改訂版は未確定であるため、現段階で具体的な変更対応を実施する必要はありません。
一方で、以下のような点を確認しておくことは有効です。
- 現行OH&SMSが形式的な運用になっていないか
- リスクアセスメントが実態を反映しているか
- 内部監査・レビューが改善に結びついているか
これらは、改訂対応に限らず、システムの有効性向上にも資する取り組みです。
まとめ
ISO 45001改訂は、労働安全衛生マネジメントを「制度」から「実効性」へと整理する方向性で進んでいます。
改訂によって新たな負担が一律に増えるというよりも、既存の取り組みが、現在の労働環境やリスクに対応できているかを見直す機会と位置付けることが適切です。
次回(第4回)は、ISO 45001改訂への備えとして、組織が現時点で進めておくことが考えられる準備事項について、認証制度の一般的な考え方を踏まえて整理します。